Denver Japan
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とことんコロラドライフ2011年 6月号

ドーバー泳の藤田美幸 〜30時間泳 in Colorado〜

キンちゃんについて(About us)
 キンちゃんこと藤田美幸は愛知県岡崎市に住む、仕事大好き、水泳大好き、ビール大好き、寝ること大好きな女性です。(和菓子製造業「フジタヤ」をご主人と経営:44歳:O型:子どもなし:人畜無害:雨女)
 「何で“キンちゃん”と呼ぶか?」ですって? それは体系を見ればわかります。童話の“金太郎”そっくりだからです!(身長150cm:体重62kg)
 そんなキンちゃんがデンバーのプールで30時間泳を行うことになりました。「どうして?」ですって? それはキンちゃんが日本人初のドーバー海峡往復横断泳を成功させるのが夢だからです。皆さんには夢がありますか? おそらく大志を抱いてコロラドでご活躍なのでしょう! その大志から比べれば小さな夢ですが、これはそんな夢を追うキンちゃんの報告です。

1. 結果、30時間泳から80km泳へ変身!
 2011年5月21日午前9時から翌22日午後3時まで、アメリカ合衆国コロラド州デンバーにあるグリーン・ウッド・アスレチック・アンド・テニス・クラブ(Greenwood Athletic and Tennis Club)の屋外プール(25m)において、キンちゃんが30時間泳を実施しました。
 目標の30時間が迫る頃、誰もがキンちゃんは「78kmを泳ぐ」と確信したとき、ニックが「80km泳にしたらどうか」と提案し、キンちゃんがそれを承諾したので80km泳になりました。
 こちらの をご覧ください。

2. 「80kmを泳いで」(キン)
 日本では東北で大災害が起こり、うちの会社は人手不足。世の中は「自粛」、「自粛」と暗いムードでしたし、それでも仕事はこなさなければなりません。そんな折、今年に入ってかなり私の泳ぐ練習量が減りました。でも去年立てた遠征計画はそのまま続行されて行く中、30時間泳にチャレンジすることになりました。
 米コロラド州デンバー在住の水泳コーチ、ニック(Nicholas Levine)とはたまたま去年のドーバー(英)で知り合って友達になりました。彼は去年で2回目のドーバー海峡横断泳です。
 このとき私はドーバー泳に失敗し、「一から出直し」と思っていた矢先、日本ではなかなか30時間も継続して泳がせてもらえるプールがなく、ニックに相談したところ「大丈夫!」とのことでデンバー行きが決まりました。
 デンバーではニックのはからいにより毎日プール練習を2時間から3時間と泳がせてもらいました。自分自身30時間泳ぐ前の調整期なのに、「いいのか?」と思いましたが、この“マイル・ハイ・シティ”という高地に身体が慣れないといけないのだそうです。
 練習していても喉は渇くし、唇がカサカサ。口の中は何かキシキシする。空気が乾燥しているせいでしょう、変な感じです。水温は27℃で温かいですが、気温は毎日違います。そのアップ・アンド・ダウンはジェットコースター。日本の気温コースターより絶叫マシンですね。
 そんな環境の中、外は寒いけどイン・ドアのプールよりアウト・ドアのプールの方がたくさんの方が泳いでいますね! まあ、ジャグジー付きのお風呂はあるし、ミストバスはあるし、サウナもある。身体を温めるには最高に施設が揃っているので外が寒くてもへっちゃらです!

 ニックは前もっていろんなことを計画してくれていたみたいです。5月14日(土)、私の水泳練習後、ニックのお父さんはニックの教えている子供さんたちのレース見物に、私たちを連れて行ってくれました。
 日本ではあまり水泳競技を見に行かない私ですが、200mバタフライに参加したスティーブンを見て、ビリでも最後まで力強く泳いだ彼の姿に感動しました。
 練習内容のほとんどがクロールなので、200mバタフライなんて私には泳げないし、泳ごうと思わない。だから私も諦めずに最後まで泳がないといけないと、つくづく思いましたよ。
 800mフリーに参加したサマーは、あんな小さな身体で最後まで諦めずに泳いだことにまた私は感動して、「よくがんばったね!」と誉めてあげました。
 例え泳ぐ距離は違うとしても、私は「泳いでいる皆と気持ちは一緒なんだ」と、新たに30時間泳に対する気持ちが二人の生徒さんたちのお陰で勉強させられ、「諦めたらいけない」と思いました。

 デンバーと日本では14時間の時差があり、あまりぐっすりは寝られない日々が続き、本番の日がやってきました。まあ普通に朝が来ただけですが、前日の朝食は大きなハム・アンド・チーズ・オムレツをご馳走になったり、夕食にはパスタ・パーティーやってもらったりし、栄養を付けさせてもらいました。
 当日はいつものようにウィダー・イン・ゼリー(栄養補給食品)しか飲みません。泳いでいる時は、なるべく大便を出したくないからです。海ならいいですけどね。
 バネッサ(ニックの彼女)にプールまで連れて行って貰うと、ニックは水泳のコーチをしていましたね。なかなか格好よかったですよ。まだらに子供さんたちの親御さんも見えましたね。
 そういえば14日のレース後、パーティーに連れて行ってもらいました。それはニックの生徒さんたちのご父兄が企画して、ニックの労いを目的にしたものでしたが、ただたんに私たちをパーティーに連れて行っただけじゃなく、30時間泳をやる私を皆さんに紹介させていたのに気がつきました。
 現に私が泳いでいる(専用レーン)の隣のコースはいつも誰かかんか泳いでくれていました。ニックの生徒さん、親御さん、プールの先生方、マスターズの方など、夜中の2時まで入れ代わり立ち代りで私の隣のコースで同じペースで泳いでくれましたよ。だからか? 眠る暇? 眠りながら泳ぐ暇がなかったし、ペースがあまり落ちなかったのかもしれません。
 自分自身毎回50mのラップを見ながら泳いでいますが、「そんなにガタガタと落ちていない。増してやいつもより速いじゃないか!」と喜ぶ反面、「ペースオーバーじゃないか?」と不安も湧きました。それは12時間を過ぎた頃に心配していたことですが、何処か痛いわけでもないので、「やれるだけやってみよう!」と決心しました。
 夜中の数時間は一人で泳ぎましたが、朝焼けが凄く綺麗だと、何回も息を吸う度に見続けましたよ。

 そんな明け方、バネッサ、ニックがプル・ブイ(脚に挟んで浮かす道具。腕だけで泳ぐために使用する)を挟んで泳ぎにきましたが、かなりスピードが落ちた自分、速く泳げない自分が現れていました。
 頭の中の葛藤は、時間が早く経たないこと。速く泳げないこと。この泳ぎ始めて20時間ぐらい経過した頃がとても辛く、頭のコントロールが狂い出しそうでした。
 急に用足しがしたくなったので泳ぎを止めてトイレに行ったら、「トイレは計画的に行け!」と先生にこっぴどく叱られました。それからトイレに急に行くと先生に凄く怒られるので我慢して泳いだこともあります。
 首が擦れて痛くてもなかなかワセリン塗ってくれません。夜の気温はかなり下っています。栄養補給をする時もなるべく水につかりながら飲みました。
 毎回50mのラップを見ていましたが、ここら辺から「40分でいくつ泳ぐか」計算することにしました。1,300mか1,600mか?

 24時間が過ぎ、先は見えてきましたね。誰かが花を置いていったみたいです。それはデンバー在住のアメリカ人チャネル・スイマー(ドーバー海峡完泳者)、“ジョー”が応援に来て花をプレゼントしてくれたくれたみたいです。何だかみんながこんなにも応援してくれて、嬉しくて、嬉しくて、涙が止まりませんでした。
 また元気が出て来て、最後の方はありったけの力をふりぼり泳ぎましたよ。ニックに「80km泳げ!」と言われても、身体は悲鳴を上げてなかったので承諾し、「こんな素晴らしいことはないじゃないか!」と嬉しく思いました。
 最後のゴールに皆さんの拍手を浴び、私は言いました。「私は一人で泳いだと思っていません。皆さんと一緒に泳いだのです。有難う!」と。
 こうして私は皆さんに支えられながら泳ぐことが出来ました。諦めたらいけないことを、デンバーの方々に教わりました。
 そしてニックが笑いながら言いました。「来年は100kmだな」と。