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とことんコロラドライフ 2002年3月号

思いがけないアメリカ移住!1年が過ぎ!!

私ことみちこ(仮名)が、アメリカ行きのチケットを手に入れたのは、つい一年前のこと!今まで、本の中での写真が明らかに現実、目の前に現れたのだ。私の主人は、平凡な日本人サラリーマン。そんなに何って特技もないんだけど、人の接待だけは会社一うまいのが自慢の種。そんなことからコロラドに新オフィスを抱えた会社のオフィススーパーバイザーとしてここコロラドの地を踏むことになりました。私は、日本でも有名私立短期大学を英文科で卒業!カナダにも留学暦6ヶ月だったので、私の胸はわくわく!しかも、出来ればずっと住みたいななんて思い始めました。

2000年12月、この寒い青森を立ち、いざアメリカへ!アメリカについてからの1、2ヶ月はあっという間に過ぎ去ってしまいました。と、突然ある日の主人の一言、「お前、いつ車の免許を取りに行くわけ?」、、、その一言が、私にアメリカの生活を現実のものだと意識させられたのでした。

私は、19歳のときに日本で交通事故を起こして際、車に対しての恐怖症というものがあったのです。でも、この広いアメリカ、特にこのコロラド!どこに行くにも車が足代わりになるこの土地で免許を取らないわけにいかないではないですか?それに免許はこちらでは、身分証明証と言う大事な役目も持っているわけです。

3週間悩んだあげく、私は車の免許センターに通いはじめました。これがきっかけで私は、ホームシックにおちいったのでした。免許センターに通い始めるや始めてぶつかった壁!それは、英語でした。何しろ専門用語!わからない!の毎日!!!辞書を片手に受ける講習。私にはショックでした。

次のショックは時間を待たずに始まりました。それは、主人の会社関係のアメリカ人との会話です。私は、自分で英語が自慢でした。自身があったといってもいいでしょう。その私が、アメリカ人との英会話に困り果ててしまったのです。テンポの速さとあのわけのわからないジョーダンに言葉が途切れてしまいました。日本を離れてから4ヶ月が経っていました。

次に私が捜し求めたのは、日本人のお友達でした。何しろこのアメリカでの生活を同じ人種と分かち合ってみようと思ったからです。でも、そんなに簡単なことではありません。日本のスーパーで日本人を見かけたとしても恥ずかしくて話し掛けられませんでした。

そんな、こんなで6ヶ月が過ぎようとしていたある日、コーヒーショップで偶然、声をかけてくれた韓国人の同年代の女の子(リン)が、私を学生だと間違って近くの学生サロンへ誘ってくれました。こんな支えなことがきっかけで生涯の友人を得ることが出来たのは、偶然と言うか神様のいたずらかな?アメリカにきて初めて出来た友達が、韓国人かと主人には笑われましたが、彼女はアメリカ生まれのアメリカ育ち、そうアメリカ人なのです。

自分がアメリカ人だということを誇りに持っている。なおかつ、わが道を行くって子かな?そんな彼女と最初に出かけたのが、7月の独立記念日にMile-Hiでの花火鑑賞!コロラドって乾燥しているから普通夏は、花火に対して結構ルールが厳しい。でも、やっぱり独立記念日ともなればお祝いしなくてはと思うアメリカ人。結構自分の国のことについて誇りを持っているアメリカ人の考えに感動した一日でした。

そして、恐ろしい9・11の事件!いつも平和に物事を考えていた私の頭に爆弾を落とされました。この事件がありまたしてもアメリカ人の団結力や誇りについて感心させられました。そして、私は私自身や日本の国について考えさせられてしまいました。

こんなとき、もう少しここにいてアメリカのことが知りたいな?なんて思い続けている今日この頃です。

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